2019年06月01日
誇り高き屋根職人
祖父、後藤重義は誇り高き屋根職人。
私がまだ幼い頃、
祖父が金槌で銅板をトントン叩きながら鬼飾りを作っている姿はそれは見事で、今も忘れずに脳に焼き付いてます。
今からおよそ50年前、祖父はハワイ州マウイ島にある ラハイナ浄土院 三重塔の建立に携わった。 総高90尺 およそマンションの9階に相当する高さです。
祖父がどのような精神性で仕事と向き合っていたのか。 自分のルーツでもある職人 後藤重義が生きた証を知りたくなり、色々と調べてみました。
もう50年前の事ですので、当時のことを詳しく知る人はほぼいません。その先に進むにはやはりラハイナに直接コンタクトするしかなさそうです。
しばらくして、
浄土宗社会国際局のお力添えを頂き、祖父を知る人物とコンタクトできました。
ラハイナ浄土院 現住職 原源照師です。
原源照師より、ラハイナ浄土院建立の経緯やその当時についてお便りを頂きました。
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後藤庄一さま、
おたよりありがとうございました。
御祖父 重義さまのこと、懐かしいことです。
背が高く、すらっとし、温厚な人柄のーそのお姿が、
今も瞼に浮かびます。
大変お世話になり、感謝申し上げております。
1968(昭和43) 年、9月、当院 旧本堂が大火で焼失し、現在の本堂、
三重塔は その後建立されたものです。
その再建にあたっては、忍野出身の大森正男氏が、全面的に支援
してくれ、氏の関係の職人の方達を日本から送ってくださり、
建築に携わって頂いたものです。
起工式は、1969年2月、
完工は1971年 3月です。
本堂の一階は、コンクリート製
で、現地の人たちが作っております。三重塔も同じ。
その上に、木造の建物を日本の職人さんたちが
作ってくれております。
日本の職人さんたちも、一度にこられず、仕事の段取りにより順次
来られたと記憶しております。
工事当時の写真いろあせていますが、おおくりいたします。
最初の写真は、他の大工さん達と一緒にマウイの名所 イアオ渓を訪れた時のものです。
他は作業をしていただいている時のものです。
先ずはご返信まで。
合掌
原源照
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まさか祖父の事を知る人物とこのような形で接することができるなんて・・・
当時の作業風景、私の知らない職人としての祖父がしっかりと残っておりました。
この工事を終えて11年後、祖父は他界しますが、形を変えて自分の生きた証を伝えております。
そしてその後を受け継ぐ父は現在77歳。今も真っ黒になって屋根に上っております。
面白い事に父は祖父とは違うタイプの職人。片や 分析型で伝統を重じ、片や ひらめき型で革新的。
年齢と共に技術は衰えていても、引き出しが多く その応用力は流石だなと思います。
また父の言葉の節々から祖父の職人としての生き様を感じとることができます。
もうこの世に存在はしませんが、その意思はあなたの息子から〜孫の私の心に確実に伝わっています。
家族や友人、普段何気なく一緒にいる人物が歩んできた自分の知らない過去。その過去に触れる事でその人物の見方が変わり、尊敬の念や愛おしいという気持ちに変わることでしょう。
祖父の過去に触れる事により今の自分を見つめ直すことができたように思う。
私は屋根職人ではありませんが、同じ職人として 技術だけでなく人の気持ちを感じ、汲み取れる職人としてこれからも精進していきます。
最後に自分のルーツでもある職人 後藤重義に触れる機会を与えてくれた
ラハイナ浄土院 原源照師に心より感謝申し上げます。
posted by SHOW GOTO at 00:00| DIARY